別稿「問題社員やリストラ対象社員を退職させたい~お勧めの方法や注意点は?」で解説したとおり,問題社員を退職させるには,解雇ではなく合意退職の方法をとるのがセオリーです。後に裁判を起こされ,雇用契約の存続が確認されてしまうリスクが圧倒的に低いからです。
ただし,合意退職も常に安全というわけではなく,退職勧奨のやり方が不適切である場合等には裁判で有効性が否定されてしまうこともあります。また,退職に伴う諸条件の記載が漏れていたり,不明確であったりすると,その解釈を巡ってトラブルが発生するおそれもあります。
そこで,本稿では,合意退職の際に作成する退職合意書について会社の経営者・人事担当者が知っておきたいポイントを解説します。特に,退職合意の効力が問題となる場合は,退職勧奨のやり方とも関連しますので,面談をする際のご参考にしていただければと思います。
退職合意書とは
合意退職は,会社と社員(従業員)の合意により雇用契約を終了させるものです。両者の合意に基づくという点で,社員の意向にかかわらず会社が一方的に行う解雇と異なります。
その合意に際して,雇用契約を終了させることの他にも様々な合意をすることがありますが,それらを明確にし,証拠とするために作成する文書が退職合合意書です。退職に伴うトラブルを回避するという点で,会社だけでなく社員にとっても退職合意書を作成するメリットがあります。
退職届との違いは?
退職に際し作成される書面として,退職合意書と似て非なるものに退職届があります。これは,社員の側から,会社に対し,退職(辞職)というかたちで雇用契約を終了させたいという意思表示をするものです。これを会社が受理し,承諾することにより,雇用契約の終了という効果が発生することになります。そのため,社員が退職届を提出しても直ちに雇用契約が終了するわけではなく,受理前であれば撤回できるという点に注意が必要です。これに対し,退職合意書は,まさに合意があったことを証する書面ですので,作成が完了した時点で,記載された退職予定日に雇用契約が終了する旨の合意が成立しており,原則として撤回はできないことになります。退職届の扱いについては,追って別稿にて解説する予定です。
また,退職合意書は,会社と社員の双方で作成されるのに対し,退職届は,社員が単独で作成します。そのため,退職届には,単に社員が退職をする意思が記載されるだけであるのに対し,退職合意書には,退職に伴う諸条件についての合意も記載されることが多いという違いもあります。
退職合意書作成までの流れ
社員が退職を希望していない場合には,退職させたい社員に退職勧奨というかたちで働きかけをします。退職勧奨の進め方と注意点については別稿「問題社員への退職勧奨の進め方と注意点」をご参照下さい。
退職勧奨が功を奏し,社員が退職に応じる姿勢を示したら,退職に伴う諸条件を確定させていきます。合意される内容としてよくあるものは次のとおりです。
- 退職の日付
- 離職票の内容(会社都合等)
- 退職金等,退職に伴う金銭の支払いに関する内容
- 守秘義務・競業避止義務
これらの条件について,双方が合意したとおりの内容が明確になるよう書面に記載します。
その上で,読み合わせを行う等して,問題がないと確認したら,記名・押印して合意書を完成させます。
実務上のポイント
別稿「問題社員への退職勧奨の進め方と注意点」でも解説しているとおり,社員が退職に応じる姿勢を示したら,その場ですぐに合意書を作成するのが望ましいといえます。次回の面談に持ち越すと,社員の気が変わったりしてしまう可能性があるからです。そのため,退職の説得に応じた機会に合意書作成まで完了させるのが理想といえます。
そうすると,社員が退職の意向を確認した後で合意書を一から作るのでは遅いといえます。そこで,退職合意書のひな形を予め用意しておき,個別の事案ごとに内容を微調整するという運用をお勧めします。
退職合意書に記載すべき内容
雇用契約を終了させることを合意したことは必須ですが,その他に記載されることが多い条件について,条項例とともに解説します。
雇用契約の終了に関する条項
雇用契約を解約する旨合意したことを明確にします。退職する日付も記載するのが通常です。
例:甲(会社,以下同じ)と乙(社員,以下同じ)は,甲乙間の雇用契約を●年●月付けで解約し,乙が甲を退職することを合意する。
離職事由に関する条項
会社が発行する離職票に記載する離職事由を合意するものです。会社都合か自己都合かにより失業保険の給付に差が出ます。別稿「退職勧奨で提示する優遇措置~退職金の上乗せやパッケージの相場等を解説」のとおり,退職に伴う条件として提示する場合には,後に争いとならないよう合意書に盛り込むことをお勧めします。
例:甲が発行する離職票の離職事由は●●とする。
退職に伴う金銭の支払いに関する条項
退職日までの賃金や退職金の他,優遇措置の一環として支給する金銭について記載するものです。この点も後に争いになりやすいポイントであるため,明確に合意内容を記載しましょう。振込手数料をいずれが負担するかについても記載する例が多いですが,通常の賃金と同様,会社負担とするのが通常です。
例:甲は乙に対し,●年●月分の賃金●円及び退職金●円に●円を加算した●●円を支払うものとし,これを●年●月末日限り,下記の口座に振り込む方法により支払う。振込手数料は甲の負担とする。
清算条項
退職合意書に記載したもののほか,会社と社員の間に債権債務がないことを確認する条項です。守秘義務や競業避止義務を社員が負う場合には,これを除外しておく点に注意しましょう。
例:甲と乙は,本合意書に定める他,第●条及び第●条により乙が負うべき義務(守秘義務・競業避止義務を定めた場合)を除き,甲と乙の間に何らの債権債務が存在しないことを相互に確認する。
合意退職の効力が問題となるケース
合意退職は会社と社員の合意,つまり意思の合致により雇用契約を終了させるものです。そうすると,社員側の意思が真意に基づかない場合には,退職合意の効力が否定されてしまいます。法律的には,社員の退職の意思表示が民法上の強迫や錯誤に基づくため,退職合意が取り消されることにより,退職の効果が生じなかったものとして,雇用契約が存続するものと扱われるということになります。
それでは,どのような場合に強迫や錯誤に当たると評価されるのでしょうか。この点,退職勧奨は社員の退職の意思表示を引き出すものであるため,退職勧奨のやり方が不適切であれば,それにより引き出された意思表示の効力も問題になりやすいといえます。
そこで,以下,このような不適切な退職勧奨のやり方について解説します。
「退職に応じなければ解雇する」
退職に応じなければ解雇をするという趣旨の脅し文句をつかうと,強迫と評価されるおそれがあります。特に,社員側の落ち度や非違行為がある程度大きい場合には,懲戒解雇を持ち出す場合もありますが,懲戒解雇は,退職金の不支給や転職での扱いという点で労働者にとって極めて不利益が多く,通常の解雇よりも強い害悪の告知になるため,このような退職勧奨を行うと,より一層強迫が認定されやすいといえます。
また,解雇事由がないのに,解雇されるくらいなら退職した方がいいと誤信したような場合には,錯誤に当たると判断されるおそれがあります。このような社員の判断過程が会社とのやり取りの中で明らかになっていると,錯誤が認定される可能性が高くなります。
適切な退職勧奨の仕方とは
上記のように強迫や錯誤を理由に退職の意思表示が取り消されるのを防ぐためにも,退職勧奨の中で,社員が自由意思で退職に応じるようにすべきです。つまり,上記のように解雇を持ち出すような説得の仕方ではなく,社員の落ち度や退職に伴う優遇措置によって自主的に退職に応じるよう誘導していくのが正しいやり方です。
強制されたり騙されたりしなかった以上,社員も退職という結論には納得しているはずですから,後に裁判を起こされるといった紛争は発生しないのが通常といえます。さらに万全を期すのであれば,退職勧奨の面談毎に簡単な議事録を作って,社員にも署名押印させると,上記のような強迫等がなかったことの有力な証拠となるでしょう。
まとめ
退職合意書を取得する目的は,後に社員から裁判を起こされる等のトラブルを回避するためですが,何が何でも取得しようとして不適切な退職勧奨をしてしまうと,却って紛争の原因を作ることになり,本末転倒となってしまいます。適切な方法により円満な退職を実現するためにも,弁護士等の専門家に相談することをお勧めします。
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