問題社員に対し退職勧奨を行った結果,退職届を提出したため安心していたところ,後日になって,撤回すると主張されるということがあります。会社としては,当該社員の退職を前提に採用を始めたり,人員の再配置を行ったりすることもあり,退職届の撤回が認められると不都合です。
そこで,一度提出された退職届の撤回はどのような場合に認められるのか,撤回を主張する社員にどのように対応するのか,そもそも撤回されないためにどうすればよいのか等について解説します。
退職届とは
退職届とは,会社との雇用契約を解約する旨の社員(従業員)の意思表示が記載された書面です。転職等の際,社員が自らの意思で会社を辞める場合に提出する書面として,イメージはしやすいかと思われます。しかしながら,その法的な意味としては2つの解釈があり,いずれに当たるかにより撤回が認められるタイミングが異なります。
この点,退職届の法的な意味としては,①合意退職(会社と社員の意思表示が合致し,合意により雇用契約を解約するもの)の申込みと,②辞職(社員の一方的な意思表示により雇用契約を終了させるもの)の意思表示の2つがあります。
それでは,撤回が認められるタイミングとしては,どのような違いがあるのでしょうか。
どの時点で法的効力が発生するか
①合意退職の申込み,②辞職の意思表示のいずれも,その法的効力が発生するまでは撤回が認められます。
①の場合には,会社が退職届を受理というかたちで承諾した旨の意思表示が社員に到達することで,法的効力が発生します。これに対し,②の場合には,会社の承諾は不要であるため,社員側の意思表示が会社に到達すれば,法的効力が発生します。
つまり,②の場合の方が,承諾の意思表示が社員に到達するという段階が不要となる分,撤回が認められにくいといえます。
合意退職の申込みと辞職の意思表示はどう区別されるか
退職届の法的な意味が①と②のいずれになるのかはケースバイケースであり,明確な基準はありません。争いとなった場合には,最終的には裁判所が判断することになり,社員がどのような意思を退職届に記載したのかが,退職届を提出するに至った経緯等も含めて実質的に判断されることなります。
この点,「退職届」という標題であれば②,「退職願」という標題であれば①と解説されることもありますが,裁判では,標題のみが一律の判断基準となることはありません。事案毎に社員がどのような意図で退職届を書いて提出したかにより実質的に判断されるため,非常に難しい判断となります。
そのため,社員が退職届の撤回を主張した場合には,その後の対応に際して,①として扱うのが無難といえます。
退職届を撤回できる場合
上記のとおり,①の場合には会社が受理し,その旨が社員に伝わった時点,②の場合には会社が受領した時点で,それぞれの法的効力が発生し,退職届の撤回が認められなくなります。
この点,会社を含む法人は生身の個人と異なり観念的な存在であるため,生の事実として,会社が受理・受領をすることはありません。
そこで,どのような場合に会社による受理・受領が認められるかが問題となりますが,これは,受理・受領権限のある個人が退職届を受け取った時点で認定されることになります。
受理・受領権限のある人とは
それでは,受理・受領権限はどのような人に認められるのでしょうか。
この点,役員が代表者しかいなかったり,複数の役員がいても特に人事担当役員が定められていなかったりする会社(比較的規模の小さな会社はほぼこのような場合に当たるでしょう)の場合には,代表取締役(社長)が受理権限者になると考えられます。
これに対し,上場企業等,規模の大きな会社の場合には,個々の社員の退職届を代表者が決裁するというのは常識的でなく,人事を担当する取締役や,人事部長等,人事に関する権限を委譲された人がこれに当たると考えられます。
この権限委譲については,社内規程等で明確に定められていないと,受理・受領権限が否定されることもありますので注意が必要です。単に肩書きが人事部長だからといって直ちに権限が認められる訳ではないことに留意しましょう。
退職届の撤回を主張された場合の対応
それでは,実際に撤回を主張された場合,会社としてはどのように対応すべきでしょうか。
撤回が認められない場合(既に法的効力が発生している場合)
上記のように,撤回が認められるかどうかを判断の上,法的効力が発生しているため撤回が認められないことの了解を得るようにします。
撤回が認められる場合(未だ法的効力が発生していない場合)
撤回により退職届がなかったことになるため,そのままだと従前の雇用契約が存続することになってしまいます。
そこで,なぜ撤回するのかを確認した上で,退職届の維持,つまり“撤回の撤回”をするよう説得します。どうしても撤回にこだわるのであれば,一度は撤回を認めた上で再度退職勧奨をするかどうか検討します。
いずれの場合にも退職合意書を作成する
撤回が認められない場合であっても,社員が納得して退職を受け入れるとは限らず,そのまま退職させると後に紛争になるおそれがあります。そこで,撤回が認められるかどうかにかかわらず,撤回を主張された場合には,退職合意書を作成し,双方の意思の合致により雇用関係を終了させるのが無難でしょう。
退職届の撤回を防止するには
退職届の撤回を防止するための方法は,ⅰ)法的効力の発生を早める,ⅱ)退職届の提出ではなく,退職合意書の作成という形式をとるという2つの方法が考えられます。
ⅰ)法的効力の発生を早める
上記のように,退職届の法的意味は合意退職の申込みと辞職の意思表示のいずれかですが,法的効果が発生するまでより時間のかかる合意退職の申込みであると想定して,受理により承諾したことが社員になるべく早く伝わるような運用とすることで,法的効力の発生を早めることが考えられます。
特に,比較的大きな会社では,受理権限者が直接退職届を受け取ることとし,退職届を提出した社員との間に人を挟まない運用を徹底するとよいでしょう。
ⅱ)退職合意書を作成する
退職勧奨により社員を辞めさせる場合には,社員が退職の意向を示した時点で退職合意書を作成し,後日退職届を提出させるような運用とはしないようにしましょう。退職合意書を作成すれば,その時点で退職の効力が発生するため,後日撤回されるおそれがないからです。
退職勧奨の進め方等については,別稿「問題社員への退職勧奨の進め方と注意点」も合わせてお読み下さい。
まとめ
以上のとおり,退職勧奨が成功し,問題社員が退職の意向を示すところまで進めても,法的効力の発生前に退職届が撤回されてしまっては,それまで費やした時間や労力が水の泡になってしまいます。
このような画竜点睛を欠く事態とならないためにも,退職勧奨が成功した場合には間髪入れずに退職合意書を作成しておきたいところです。
退職合意書の詳細については,別稿「円満退職が一転トラブルの元に!?退職合意書の効力と注意点」にて解説していますので,こちらもご参照下さい。
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